良一の世界旅紀行
 私は三十歳になるまで海外に行ったことがなかった。
妹や弟四人はすでにイギリスで生活しているし、1997年にはお袋がイギリスへ出かけていった。
 二十歳頃から海外での生活にあこがれていた、叔母がロサンゼルスに住んでいるし、と考えたこともあった。
それから十年もの月日が流れやっと俺にチャンスが訪れた。
現代芸術に興味を持ちレーザーの研究し始め、ホログラムの制作を趣味としていたが、二年目に転職をした。
 1989年に名古屋で「国際デザイン博覧会」が行われた。入社するや即インスタレーシュン・ディレクターに任命。過酷な日々が続く。会社に馴染む間もなく毎週のように東京⇔名古屋の往復だ。我々が担当するパビリオンは「アーテック館」デザイン・現代芸術を紹介するパビリオンだ。オープンまで半年しかない。7月にはオープンだが新米の俺にはチト荷が重過ぎるのか?
 会社から与えられている机では袖机すらないし小さすぎる。広くて唯一個室である社長室に目をつける。社長も喜んで空け渡してくれ、携帯電話までも。(当時の携帯電話は重かった)ついに社長室乗っ取り作戦成功。調査もはかどり始めた。
 二ヶ月前より一人名古屋へ乗り込み建造物の確認や打ち合わせが続く。世界中から多数のアーティストがやって来た。俺にとって言葉の壁はとても厚かった。英語だけではないのだ、フランス語、ドイツ語、スペイン語、イタリア語などなど会場で飛び交う、もちろん通訳は居るもののまどろっこしくてかなわない。時には体当たりするしかなかった。
 やっとオープンしたが運営サイドに引き渡すためにさらに名古屋に留まっていると、その経験を生かし9月にはベルギーへ立って欲しいとの事だった。
 やっと俺にチャンスがやって来たのだ。(言葉に不安が???)
東京へ帰るや、休む間もなくベルギーへの準備にとりかかる。
これが初めての海外出張だった。
1989年以降毎年のように海外に出かけたが、仕事以外で海外に行ったことはない。
そんな中で、あいた時間を利用し、できるだけ見聞を広めようと足を棒にして廻った。壁紙はパスポートや国際運転免許証に各国のスタンプの数々です。
そんな、我チン道中の中から記憶をさぐりながらまとめて行きます。
【 ベルギー 】
【 フランス 】