news
かたろぐ
おんがく
えいが
ぶっく
かふぇ
エコ暮らし
エッセイ
photo
web そざい
link
bbs
blog
about us



[カテゴリー]

子育て



よもやま



照屋林助さん

つくる

たべもの

照屋林助さん [人]
text by sin

2005年にお亡くなりになった照屋林助さん

琉球芸能に詳 しくない私でも名前ぐらいは聞いたことはあります

ヒヤミカチ節の作詩者のひとりであり
ブーテンさんの弟子
民謡漫談ワタブーショー
地方の音源収集と記録に尽力したひと
りんけんバンドの林賢さんのおとうさん

私の中では伝説的でとてもあかるい、
でも、曖昧な人物像でした

しかし疲れたり、悲しいめにあった人々を癒した沖縄コザの太陽は
限りなく人生を 切に生きたひと であったようです

不況に戦争  
文字にするとたった4文字ですが、
人々の人生に想像を超える影響を及ぼ すんですね

出稼ぎ先のヤマトに生まれたウチナー、
帰ってきてからも言葉の壁、文化の違い。差別やいじめ、不登校。

そして戦争・・・。

両親の土地はアメリカの基地の一部になり
大人になってからは度重なる商売の失敗
ワタブーショーで成功するも
団員の給料が払えず、ついには妻子を置いて逃亡してしまいます

タイヘンです。事件だらけです。もう、フツーこんなのやってられません。

でも林助さんは 乗り越えていきます

不登校には山学校(山遊びで学ぶ)
戦争で傷ついた時は、
ブーテンさんについて周り、人を喜ばせることを知り
自分のスタイルを完成
投資をしては、
大量の読書と、大量のメモ書き。
たくさんの楽器や機材・最新のものは
必ず試してカスタマイズしてしまいます。
逃亡先では
いろんな離島の生きた唄をかたっぱしから集めて、
学び、共に唄い踊りしながら古典や民謡を研究してまわったのです。

林助さんの機材部屋や本 棚、メモの映像を見ると
何かに むかい続け 試行錯誤し、没頭することで
とにかく前へ前へと進もうと もがいていたように見えます。

人にどう思われようと(家族も含む)とまらないのですね。
こまったちゃんですね(笑)家族もタイヘンです。

しかし、舞台に立つときは、あくまでも苦渋の跡はみせず
笑いに昇華させて、
常に人を喜ばせたのはホントにすごいことだと私は思います。

自分のやるべきことをやると、
またはやりたいことをこころからたのしんでやると
人に喜んでもらえる こと があります。
・・・・でも、
見る人が常にたのしむというのは至難の業だと思います。
人に喜んでもらおうとおもう(受け狙いという意味でなく)
ストレートなだけではすまない愛の作業。
太陽の作業ですねー。

私もそんな所が欲しいヮー

そんな林助さんだからこそ
(結構ヒドイことしてるのに 笑)
周りの支えがあってやっていけたのだろうなとおもいます

長男である林賢さんは
おおらかで前向きで子供のような父・林助さんに
何度も何度もダメだしをし、
周りがひるむほどの親子喧嘩をくりひろげながら
曲のクオリティを高めていったり

次男などは「自分のことしか考えてない」とか「商売にはむかないひと」
とかいいながら
父の仕事部屋をながめながら
「晩年もひとりでもお客さんが訪ねてきたらショーをやって見せた
たった一人のためにですよ。・・・・すごいことだと思う」
と呟く様に語っていた。

目 の前のものに むかいつづけ どんなに進まなくとも
前に向けじりじりと一歩一歩

どんな事があっても、どんな結果になっても
自分を生きる。
切に生きるとはこういうことかと思いました。

ヒヤミカチ節は高らかにうたいます

「私たちはウチナンチュ(沖縄の人間)じゃないか!
ヒヤ!ヒヤ!ヒヤ!(闘牛を戦わせるときの掛け声)
ヒヤ!と掛け声をかけて奮い立て!」

ヒヤミカチとは勇気を奮ってと言う意味だそうです。

人生は愛しい。やっぱり 愛だろ、愛。

 
*参考サイトオキナワカルチャーアーカイブス より
*sin 過去のブログより抜粋
All Rights Reserved, Copyright (C) tetote 2006